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東京地方裁判所 昭和33年(刑わ)1067号 判決 1958年11月10日

被告人 黄捷三 外一名

主文

被告人黄捷三を懲役一年に、同葉祥鳳を懲役八月に処する。

黄捷三に対しては未決勾留日数中一二〇日を右本刑に算入する。

葉祥鳳に対しては本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し猶予期間中保護観察に付する。

訴訟費用は被告人等の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人黄捷三は昭和三二年一二月頃被告人葉祥鳳にフォード五三年型自動車一台を二五万円で売却し内金として一四万円を受け取つたが葉が残金の支払をしなかつた為受取つた金の内五万円を返して車を引取り、残り九万円は借金の様な形で残つたことから懇意な間柄となり一時黄は葉の家に同居していたものであるが、其の後黄は葉の時計数十個を売つてやつた代金一六万円余の支払をもしなかつたので結局合計二五万円余の負債を生じ、葉よりは度々請求を受けて困つていたところ昭和三三年二月一五日頃偶々東京自動車興業株式会社のセールスマン石井蔵六がセイコウ自動車株式会社から同会社所有の乗用自動車五六年型シボレー一台の売却方を依頼せられていることを聞知し、同月一六、七日頃当時黄が同居していた葉の旧住居、即ち横浜市南区中村町四丁目二二三番地に於て黄と葉は種々相談の結果、葉が右シボレーを現金で代金引換に買受ける風を装い石井から騙取した上黄がこれを名古屋の葉の友人李応菠の所に持つて行き売るか又は担保に供して金を入手しその中から黄は葉に対する債務の支払をし、石井の方は葉に於て適当になだめた上一部の代金を渡し残金は徐々に支払うこととして当面を糊塗することとし、同月一七日頃黄は石井に連絡して右自動車を横浜市西区藤棚町一丁目二五番地パチンコ店人生会館迄持つて来させて葉が試運転をした上、翌日頃東京都中央区築地入舟町の葉の勤務先附近の喫茶店で石井と葉との間に右自動車を無通関の儘代金一四五万円現金引替で買受ける契約をし手金四万円を渡して石井を信用させ、同月二〇日頃黄は前記葉の旧住居から石井に対し明日人生会館に於て現金引替に右自動車の取引をする旨申向け、翌二一日前記人生会館迄右自動車を持つて来た石井が真実葉が現金引替に右車を買つてくれるものと誤信しているのに乗じ黄は更に「道管(陸運事務所)迄書類を確かめに行つて来るから自動車を貸与され度い」旨申欺いて即時同所で右乗用自動車一台(時価一三五万円位)の交付を受けてこれを騙取したものである。

(証拠の標目)(略)

被告人葉は極力共謀の事実を否定し黄が単独でやつたものであると主張するけれども、黄は当時葉方に同居していた間柄でお互に経済状態などは知悉していたと認められるから、本件自動車が果して黄自身のものであるかどうかは葉は当然知つていなければならない筈であつて、黄の所有だと思つて黄を助ける為に買うことにしたという葉の供述は到底信用出来ないところであり、寧ろ葉は黄に対する債権の回収をあせつた為に悪いこととは知り乍ら黄の云うままに買主として振舞つたと云う昭和三三年三月二八日附検察官に対する葉の供述調書の記載は真実を語つているものと解せられるし、尚葉は本件自動車の現実の引渡に先立つて名古屋の李応菠に右自動車の値段や売却方針について電話をしているのみならず、黄に対して予め名古屋の李方を教えて同人方に自動車を持つて行く様に指示し、而も黄が名古屋に行つた後自らも態々名古屋迄赴いて売却代金中から自己の黄に対する債権の回収をはかつている点から見ても同人が本件詐欺行為に関与していることは明瞭と云わなければならない。只黄が人生会館前で石井から本件自動車を受取つて道管(陸運事務所)に行つて来ると欺いて名古屋に逃走した直后葉が人生会館附近で石井と会つている点は、共謀で詐欺をした者の行動としては一見不合理な様にも見えるけれども、これは黄が自動車の処分を終つて金を調達して石井に対する代金の一部を支払う迄葉に於て石井をなだめて一時的に当面を糊塗する計劃だつたものと認められるから(黄が石井は葉の家にも行つたことがあるからまさか訴える様なことはないものと思つていたと当公判廷で供述しているのは、この事を裏書きするものであろう)必ずしも不合理なものとは云うことは出来ない。尚葉の検察官に対する供述調書中には黄は自動車に乗つて名古屋に行つてしまうからよいが後に残るのは自分で石井等から文句をつけられるに決つているからその云い逃れをする勇気もなく良心がとがめるのでこんな事は止めようと思い石井の方に値段を負けろと交渉して負けなければ黄の悪企みに片棒をかつぐのはやめにしようとして桜木町の喫茶店で色々云いがかりをつけて値段をまけなければ取引をやめにすると云つたが黄は此処で私や石井に逃げられては総てが駄目になると考えたのかその取引を壊さない様話を持つて行きその夜黄は一人で私が二万円まけた一四三万円で買取ることを承諾した様に石井と電話していたとあり、証人石井蔵六の証言中にはこれに照応する様な趣旨の証言記載があるけれども、これだけで葉が詐欺行為に加担するのを全く断念したとは認め難いし、仮に百歩譲つてその時に葉は内心に於て詐欺行為を断念したとするも、既に黄と葉が共謀の上石井に対して施した欺罔行為に依つて石井が前記自動車を葉が真実買つて呉れるものと誤信して取引の実行行為に取りかかつた以上は、其の後に於て現実の取引の日時場所に葉が臨んだ事実がなく専ら黄が更に欺言を用いて石井から自動車を受取つたとしても、葉が石井に対して改めて先に為した自動車の売買契約は詐りであつて真実は自分には買受ける意思はないことを明示して既に進行中の詐欺行為の完成を阻止する処置をとらない以上は矢張り黄の詐欺行為に加担した責を免れることは出来ないものと云うべきである。何故ならば石井は既に黄と葉が共謀で企てた欺罔行為に依つて葉が真実代金引替に右自動車を買つてくれるものと誤信して葉と売買契約を締結して手附金を受取りその契約の履行にとりかかつているのであつて、人生会館に於て黄が更に石井に申向けた道管に調べに行つて来る云々と云うのは単に石井が既に陥つている錯誤を利用して自動車を受取る為の便宜の一手段に過ぎず、独立した欺罔行為としての性質を持たないものだからである。従つて道管云々は黄が独りで申向けた詐言であるけれども、欺罔行為自体は飽くまで黄と葉の共謀行為と見なければならないわけである。

(法令の適用)

法律に照すに被告人等の判示所為は刑法第二四六条第一項第六〇条に該当するのでいづれも所定刑期範囲内で被告人黄を懲役一年に、同葉を懲役八月に処し尚黄に対しては同法第二一条を適用して未決勾留日数中一二〇日を右本刑に算入し、葉に対しては同法第二五条第二項を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し尚同法第二五条の二第一項後段を適用して猶予期間中保護観察に付し訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一八二条を適用して被告人両名の連帯負担とする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 熊谷弘)

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